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クィーンシャーロットでカナダ・ハイダ族の文化を知る

カナダの北部はまだ雪が残り、朝晩は冷え込む時期。
しかし、太平洋岸の北西部は一年を通して黒潮の影響を受け、比較的温暖で、僕達が訪れたこの時期は一気に夏の勢いが増してくる時期でもある。
南島のほとんどの部分は道路がないのでボートか水上飛行機での行程となるのだが、正直、ボートでの行程には不安があった。
それはゾディアックと呼ばれる、強化ゴムで出来た大型ゴムボート。このボートで大丈夫だろうか?
波、天気、その他、何かわからないけど、本当に大丈夫だろうか?
でも同時に、ボートじゃないと見れないものも確実にある。
それは入り江であり、いろいろな海洋生物、もしかするとクィーンシャーロットの海というもの自体を、水上飛行機だと飛び越えていくことになるかもしれない。
不安を抱えながらも、おのずと答えは出ていた。
南島のサンドスピットという場所がクィーンシャーロットの玄関口だ。バンクーバーから飛行機で約二時間の距離。
この場所に1泊し、翌日現地ガイドと共にホテルを車で出発した。
約1時間でボートの出発地点であるモレスビーキャンプに到着する。
途中何度もこの島に生息する小型の鹿が、舗装されていない道路に現れた。
もともとこの島には鹿はいなかったが、皮肉にも西欧人との接触でもたらされた疫病と同時にこの島に住み始めたそうだ。
ここでレインコート、パンツ、ブーツ、ライフジャケットなどを借り、3泊4日のボートツアーの準備完了!
この日は、雲が薄く掛かる程度で風、波は全くなく、絶好のクルーズ日和。
ボートでは風を切るため厚着していたが、体から汗をかき始めた。
いよいよボートを出す。
初めはボートの調子を見るようにゆっくりと滑らすように進める。
現地ガイドの「ARE YOU READY?」我々の「YEAH!」
そしてボートは一気に加速し、先頭に乗っていた僕は一瞬息が出来なくなってしまった。
次第にスピードに慣れていくと風が心地よく、カウボーイのようにイーハー!なんて言葉も出るほどの余裕が出てきた。
今回はボートを貸しきることが出来たため、諸島のどこに上陸し、何を見るかをガイドと決めることが出来た。
やはり旅行はこうじゃなくちゃ。
この日、最初の上陸地は出発から約30分で到着したニュークルーと呼ばれる場所。
ここは昔、ハイダの人たちのビレッジがあった場所だ。
ハイダの人たちは昔、亡くなった人の遺体を、トーテムポールの上部に埋葬する方法を取っていた。
しかしここはキリスト教の影響で遺体を地面に埋葬し、その上に墓石を立てる方法を取っていたことが確認出来る、貴重な場所だ。
林の中に潜むように配置された墓石とそれを取り囲むコケの絨毯。
今でもたまに夢に出てくる光景に、僕は無口になった。
この場所は同時に第二次世界大戦時にカナダ軍がモスキートボマーと呼ばれる、戦闘機を作るための木材を調達していた跡地でもある。
戦争が終わったとき、カナダ軍はほとんどの機材、装備などをこの場所に置き去りにしている。
その置き去られたものまでもが、今ではコケに覆われているが、印象的だったのは当時履かれていた軍靴がコケで覆われ、自然に帰ろうとしてるのを発見したことだ。
さりげなくその場所にあっただけのものだが、まるで人間の過ちを隠そうかとしているように見えたのは、墓石を見て感傷的になっていたからだろうか。この島の自然環境を特徴付けるものの一つにコケがある。
クイーンシャーロットには大きく分けて4種類のコケが植生している。
同じ種類のコケは、バンクーバーでも少し森に入ればいたるところで見ることが出来るが、この島のコケはそのどれとも違っていた。
始めはにわかに信じられなかったが、歩いているうちにそのコケは僕の膝くらいまでの厚みがあることがわかった。
そしてそれが森の中を絨毯のように埋め尽くしているのだ。
足を踏み入れるのをためらってしまうようなコケの絨毯の森をハイキングし、その場所を後にした。ボートに乗って30分ほど走り、昼食の為に上陸した。
ガイドとの、お腹すいた?お腹もすいたし、喉も渇いた!というやり取りで僕達の昼食時間は決まる。
ボートツアー中の昼食は、出発時に積んできたクーラーボックスにたくさん入っている。
この日のメニューはチキン、スモークサーモン、クリームチーズサンド、パスタサラダ、マフィン。
それぞれをビーチの流木の上に並べ、各自が好きなだけ取っていくバイキング形式だ。
他に誰もいないビーチで、僕たちだけの幸せな瞬間を楽しんだ。この日の次の上陸地は、スケダンス。
ここも昔ハイダのビレッジがあった場所だ。
ここには夏の間、上陸する人たちを迎え、案内もしてくれるハイダのウォッチマンがいる。
現在でもハイダの人々は、この島の主に北島に暮らしている。
彼らが夏の間、自分たちの祖先が暮らしていた場所に住み、島を見守って(ウォッチして)いるのだ。
島に到着すると、ウォッチマンのキャビンまで案内してくれる。
そこでこの島を訪れた記念になるスタンプをもらい、ゲストブックに記帳をする。
出迎えてくれたハイダのソープさんは日本人に似ていて、変な言い方かもしれないが、違和感がない。
そんな彼女にいろいろ話しを聞き、ビレッジを案内してもらう。
このスケダンスにも昔立てられたままのトーテムポールがある。
多くは彫刻のない、墓標として使われたマーチャリーポールと呼ばれるトーテムポールだ。
写真で見たのはこの場所のポールではなかったけれど、同じように傾き、雨ざらしにされ、今にも倒れそうだ。
中でも、ポール上部の遺体を埋葬した場所から、自然に木が生えているトーテムポールが印象的だ。
ポールの中央部を割るように生えてきているサラルベリーの木は、とても生き生きとした緑色の葉をつけ、薄いピンクの花を咲かせていた。
しばらくそのトーテムポールから目が離せなかったのは、僕だけではない。
ソープさんとまた必ず来るからという約束をし、この地を後にした。

添乗員レポートを書いた生涯感動スタッフ・板倉

板倉
板倉 知一
人生で最も刺激や感動を得られるのは旅ですが、インターネットが普及し、情報過多の世の中で本物の旅を探すのは至難の業です。
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